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【尻屋埼灯台】  【寒立馬】

青森県 尻屋埼灯台 あおもりけん しりやさきとうだい
■尻屋埼灯台=見学自由(外観のみ)
駐車場=無料
・入口ゲート(尻屋崎の開放時間)
=4/1〜4/30(8時〜16時まで)
=5/1〜11/30(7時〜17時まで)
※この道路は、牛馬を放牧している為、管理人 のいない上記時間以外はゲートが閉鎖するので注意。
17時〜明朝の7時までは鍵をかけるそう。ちなみに、 東通村では尻屋崎内の村道を12月〜3月末まで積雪により 通行止め。          (2005.8.2現在)
住所=下北郡東通村尻屋
今回は大間崎方面からだったので、国道279号を尻屋崎方面へ進み、むつ市より 県道6号を走って、尻屋崎側に行く道の手前、左側にゲートがあるので、 そこを進む。(前に行くと勝手にゲートが開く。)

尻屋埼灯台
【施設の概要】

位置       北緯41度25分48秒
          東経141度27分43秒
塗色及び構造 白色 円形 レンガ造
灯質       単閃白光 毎10秒に1閃光
光度       53万カンデラ
光達距離    18.5海里
高さ       地上〜頂部32.82m/水面〜灯火45.70m
本州最北東端尻屋崎の突端に立つ白亜の灯台、明治
9年10月20日に東北地方に初の洋式灯台として完成。
尻屋埼灯台は、歴史的にも文化的にもその価値観は
高く「日本の灯台50選」にも選ばれている。この明るさは、
日本最大級といわれ、光度200万カンデラでレンズの
大きさは大人の身長よりも大きい。また、このスタイリス
ティックな灯台を設計したのは、日本の灯台の父と
称される、英国人のリチャード・ヘンリー・ブラントンで
我が国では26基の灯台を手掛け、尻屋埼灯台が
その最後の仕事といわれる。(案内板より)
尻屋埼灯台 本州最涯地 尻屋崎の碑 尻屋崎灯台百周年記念碑
凄〜く大きな灯台(^^)この付近にも、 寒立馬の巨大な落し物があって、踏みそうになった(^^;)
(真ん中)座る所がないからって、そこに座んなくても…。邪魔だなぁ。  (右)記念碑が存在感あり過ぎ〜。
ゲート
本当にゲートは開くの?何もしなくても いいの?と、不安に思いつつ、車でゲートまで行くと、バッと開いた(^^) おおお〜!凄い〜!思わず、こんな所で感心した。 そこから灯台まで爽快な道を走り、寒立馬がいないな〜と探してたら、灯台 近くでお食事中だった。まず、灯台を見に行くんだけど、落し物がいっぱいで 大変、大変。乾いているから踏んでも大丈夫なんだけど…。

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寒立馬(かんだちめ)
灯台を背景に見る寒立馬、 一心不乱に食べている姿や、ど〜んと横たわっていて、 甘えている最中の子馬を
見たり、のんびりした雰囲気がいいなぁ(^w^) 緑が広がって、海は近くて。今の時期だから気持ちいいけど、
冬は馬にとっても凄く寒いんだろうな〜。 ちなみに、寒立馬は1月〜3月まで「アタカ」という放牧地にいるそう。
■「寒立馬」の由来(東通村の案内板より)
1189年(文治5年)甲斐国南部荘三郎光行公が、奥州藤原氏征伐の 軍功により、源頼朝公から南部藩を御加賜統治されて以来南部藩は 我が国きっての駿馬の産地として隆盛を誇った。 此処尻屋崎も南部藩領にあって、民営の放牧場として馬産振興が 図られた。 又、南部藩は1454〜5年(享徳3〜4年)ロシア、韃胆(ダッタン)、蒙古から馬を 輸入、さらには明治政府の馬産振興による外国種馬での改良等 幾多の変遷を経て今日に至っている。
寒立馬は競走馬と比べれば胴長短足でスタイルはよくないが 蒙古馬の血を引継いでいるせいか粗食で、寒さに強く、従順な性格だと いわれている。 祖先は「四季置附(シキオキヅキ)」と称し、1年中放し飼いにされてきた。

■「寒立馬」の生い立ち(東通村の案内板より)
かつて下北地方には、野放し馬と呼ばれる比較的小ぶりで寒さと 粗食に耐え、持久力に富む馬がいた。 この馬は南部馬(現在の岩手県に生息していた馬)を祖として、 藩政時代から明治、大正、昭和にかけ、主として軍用を目的に外来種馬 との交配によって改良されてきた。 中でも、当地尻屋では、この野放し馬をフランスのブルトン種と掛け合わせる ことによって、独自の種類を生み出した。 現在、南部馬の血を受け継いでいるのは、東通村の寒立馬だけとされ、 200年以上に及ぶ歴史の中でつくりあげられた馬は人々と共に歩んできた。

■「寒立馬」の名前の由来(東通村の案内板より)
古くから地元の人たちは「野放し馬」と呼び、特定の名前は無かった。 昭和45年尻屋小学校長岩佐勉先生が
「東雲(しののめ)に 勇み嘶く(いななく) 寒立馬 筑紫ヶ原(つくしがはら)の 嵐ものかは」
と正月二日「書き初め」において詠んだ。以来、「寒立馬」と呼ばれるようになった。
ちなみに「かんだち」という言葉はカモシカが厳冬の中、何日もじっとたたずむ 姿を地元のマタギ(狩人)の間では、
「カモシカの寒立」と呼び、野放し馬にも同じ様な姿を見ることが出来るから「寒立馬」と命名した。

■寒立馬
寒立馬をすぐそばで見るのって、ちょっと怖い。ドキドキしながら見た(^^) どれぐらい近寄っていいのかわからなくて、他の人と同じぐらいの距離で見てた。 子馬が親馬に寝っころがって甘えているのが、凄く可愛かった〜。 でも、いろいろな所に寒立馬の落し物があって歩くのに困ったなぁ(^^;)

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