トロとまったり・tripのページ(蒲船津城)

福岡県 蒲船津城

ふくおかけん かまふなつじょう

■蒲船津城
■熊野神社・蒲船津コミュニティセンター
駐車場=熊野神社の境内
(写真)案内板で中心部と伝えられる北側の水堀で、西方面。

2015/12/28現在

住所=柳川市三橋町蒲船津
この時は、国道208号と有明海沿岸道路(県道771号、772号)との徳増信号で県道772号を北上、 国道443号との蒲船津西信号で国道443号へ右折。東へ進んで、蒲船津信号の左手前が熊野神社。 城跡へは徒歩で向かった。城跡は、熊野神社の南西の路地を南下した所。

蒲船津城

蒲船津城は、戦国時代、この一帯を治めていた蒲池氏の本拠地である柳川城を守るために設けられた、支城の1つだったと言われている。 肥前(佐賀)の龍造寺隆信は、天正9年(1581)に柳川城主の蒲池鎮並(しげなみ)を謀殺すると、 一気に柳川に攻め込み、蒲池氏のせん滅を企てた。 この時、黒木(蒲池)益種が蒲船津城を守っていたが、龍造寺勢の猛攻にあい落城。 その後、龍造寺四天王の一人、百武賢兼(ひゃくたけともかね)が城番になったと伝えられている。 城の正確な位置はわかっていない。次郎丸(じろうまる)や旗角目(はたがくめ)、門の内などの呼び名が残っている、 字村中周辺が城跡だったと考えられている。平成18年6月(柳川市教育委員会の案内板より)

熊野神社

【左】国道443号から熊野神社の南東側を。
【真ん中】熊野神社の境内へ。
【右】左側の建物が、蒲船津コミュニティセンター。

【左】熊野神社の楼門。
【真ん中】熊野神社の周囲は水堀が巡っている。
【右】北東側からの遠景。大きな木が立つ所が熊野神社。

蒲船津城へ

【左】熊野神社から国道443号を挟んで、城跡への路地方面を。
【真ん中】左の写真の家の左側の水堀。
【右】路地を南下。案内板によるとこの付近から南側が城跡で、この先の両側に水堀が見られる。

中心部の北側

【左】案内板で中心部と伝えられる北側の水堀で、西方面。
【真ん中】左の写真の反対側で、東方面。
【右】北側の水堀から南方面。城跡は民家が立ち並ぶ。

次の水堀

【左】北側の水堀から南下した所の突き当たりで、写真右側に行くと西方面の水堀がある。
【真ん中】左の写真の右奥へ。ここの水堀で曲輪が区切られていたのかな?
【右】真ん中の写真の所から西方面の水堀。

南下して

【左】左上の写真を左へ向かうと、クランクになっていた。
【真ん中】左の写真の左手前で、何かを祀っていた。奥まった所でひっそりと。
【右】クランクを抜けて振り向いて。

【左】クランクを抜けた先。
【右】クランク方面を振り返って。土塁が見られるけど、名残なのかな?

南側の水路付近

【左】案内板で中心部と伝えられる所から外れた南側の水路付近。写真右側の木々の所に水路がある。
【真ん中】左の写真の木々の所の水路で、東方面の水路。
【右】左の写真の左側。だだっ広い田んぼ。

おまけ・城跡への道中

城跡への道中に、H29年の開通予定の橋桁を見て、2年後の2017年後は一変している…と思って撮影。
【左】国道208号を南東へ、有明沿岸道(772号、771号)との徳益信号へ。橋桁が見える。
【真ん中】県道772号・有明海沿岸道路を北上。
【右】真ん中の写真と同じで、橋桁が並ぶ。

蒲船津城 2015.12.28記

最初に案内板がある熊野神社へ(国道沿いに案内板が立つ)。 熊野神社から城跡はすぐ近くだったので、境内に車を置いて徒歩で城跡へ向かった。 城の正確な位置はわかっていないとはいえ、仮定とした場所での水堀や土塁が見られたのはよかった(^^) 熊野神社も水路が巡らされているのは、城跡と関係があるのかな?

(写真)北側の水堀から南下した所の突き当たりから右側に行った所で見かけたサギ(^^)

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