【志波城】

岩手県 志波城 いわてけん  しわじょう
■志波城=見学自由
■志波城古代公園
駐車場=無料駐車場       (2007.9.23現在)
住所=盛岡市上鹿妻五兵衛新田48-1
(近いのは、東北自動車道 盛岡南IC)
この時は、盛岡市街から県道13号を南下し、 県道16号へ右折。すぐ右側に志波城古代公園の入口がある。

志波城
城柵とは、奈良時代から平安時代にかけて、朝廷の 二大政策(東北経営と平安京造営)の1つとして、蝦夷と呼ばれた 東北地方の住民を統治するために設置された行政府(役所)である。 いくつか造営され、横手盆地の払田柵(801年頃)、北上盆地の胆沢城 (802年頃)、志波城(803年)、徳丹城(812年頃)である。
志波城は、律令政府の陸奥国最北端の城柵として延暦22年(803)に築かれ、 和我(わが)・稗縫(ひえぬい)・斯波(しわ)の三郡を統治していた。そして、設置後約10年で、 雫石川の氾濫を理由に、その役割を徳丹城に移した。
 (志波城の造営=造志波城使 坂上田村麻呂) (案内板より)
■朝貢する蝦夷… 上の絵図は、外郭南門の上や周囲から衛兵や役人が 見守る中、蝦夷が朝貢のため外郭南門を通り、城内に入る様子である。 蝦夷の長は馬にまたがり、その後には海草・魚介類や漆・金・馬など、 この地方の多くの特産品を携えている。
志波城跡の外回りの区画施設(外郭)は、築地塀と大溝の二重で、それぞれ 840mと930m四方の規模。各辺の中央に門、60m間隔に配置された櫓が 建てられ、軍事色の強い施設である。 また城の中央には行政や儀式を行った150m四方の政庁が置かれ、 外郭とは大路で結ばれている。 政庁周辺には行政実務の官衙建物群、外郭沿いに兵舎である多数の 竪穴住居跡が確認されている。(案内板より)
外郭南門 大溝と外郭南門を挟んだ外郭築地塀(西方面&東方面)
■外郭の築地塀… 外郭の築地塀は、一辺840m、四方で3,660mにも 及ぶ土塀で、軍事的緊張の中で造られた。 復元した築地塀は、発掘調査の成果を元に 古文書や古絵図を参考にしている。本体は 古代の版築工法を用い、屋根はヒバ材の板を 土で押さえた上土としている。(案内板より)
 築地塀の両脇には、高い木がズラ〜ッと植えられていて、 櫓も建てられている!
外郭南門(外側から&内側から) 南大路(政庁方面)
■外郭南門… 外郭築地塀の中央の南門は、五間一戸の壮大な正門で、 掘立柱による櫓門である。発掘調査で解明した規模や 構造と、古代の建物や古絵図より復元した門は、部材に ヒバ材を用い、鑓鉋や斧などの古代の木工技術で仕上げている。 (案内板より)
   外郭南門をくぐると、広い広い田んぼが! これにも驚いたけど、政庁南門まで距離がある〜(^^;)
築地塀と高速道路 岩手山
高速からも気になってたけど、こっちからも丸見え! 凄くきれいに見えた岩手山♪田んぼもきれい(^^)
官衙(かんが)建物(真ん中=表、右=裏)
この時は、完成間近だったのか、外観は殆ど出来ているように見えるけど、 コーンで近寄れないようにされてた。
政庁南門&築地塀 南大路(外郭南門方面) 政庁南門(外側から)
こちらも長めの築地塀が付いた門。そして、 振り返るとあんな所に…(^^;) さて、中へ入ろうとすると、塀が…。
政庁南門(内側から) 政庁南門&目隠塀 政庁東門方面を…
中が見えないようにする目隠し塀というものらしく、 そこを避けて中へ入ると、だだっ広〜い敷地が(^^;)
政庁西脇殿跡 政庁西門(外側から) 政庁西門付近の建物跡
敷地には、建物跡が表示されていたり、 四脚門の政庁東西の門が復元されていた。(北門は復元されてなかった。)
政庁正殿跡(政庁北門方面) 政庁東門(外側から) 政庁東門付近の建物跡
普通なら、門を両側から載せるところだけど、あまりにも同じに見えるので、 外側からだけに(^^;)

■志波城
高速を走っていると見えるので、いつも気になっていた城跡(^^)その時は、古代城柵の 城跡とは知らなかったので、どんなのだろうと思ってたけど、来てみて納得。高速の方に まで延びる城柵と櫓が見えていた!田んぼがあって驚いたけど、有効的に使われてて、 しかも史跡公園とは無駄が無い(笑)岩手山もきれいに見えたし、気持ちよかった〜(^^)

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