トロとまったり・tripのページ(牟礼ヶ城)

鹿児島県 牟礼ヶ城

かごしまけん むれがじょう

■牟礼ヶ城
■道の駅 きんぽう木花館(このはなかん)
駐車場=道の駅 きんぽう木花館の無料駐車場
(写真)左側の牟礼ヶ城の案内板がさす右側。

2012/5/2現在

住所=南さつま市金峰町池辺
この時は、国道270号沿いの道の駅 きんぽう木花館から。

案内板
木花交流橋と遠景
堀川

二階堂氏の祖先は、藤原姓で鎌倉幕府につかえ、行久の代になって阿多北方(田布施・高橋)を賜り、 正応6年(1293)鎌倉から高橋に住し、行仲の代に居を池辺の牟礼ヶ城に移した。 (南さつま市金峰の史跡マップより)

【左】13番の所に、阿多北方の地頭二階堂氏の氏神の稲荷祠があるそう。
【真ん中】木花交流橋を渡ると、歴史交流館 金峰。 史跡マップによると、その向こうが牟礼ヶ城みたい(^^)

神話のふるさと 金峰
木花咲耶姫
鎌田要人像

【左】歴史交流館 金峰へ木花交流橋を渡ると、 金峰の田の神や史跡の詳しい案内板が並んでいた。
【真ん中】道の駅 きんぽう木花館に立つ。 このはなさくや姫銅像建立実行委員会の案内板によると、 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は、 瓊々杵尊(ににぎのみこと)の妃で、絶世の美女だったらしい(^w^) そして、日本の国を統一した神武天皇は、ひ孫になるそう。 それから、この金峰町一帯は、神代の昔から阿多と呼ばれた土地らしい。 神様にかかわる所に来ているって、なんだか不思議な感じだなぁ(^^)
※木花咲耶姫は、神阿多都比売(かむあたつひめ)、木花之佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)とも。
【右】日置郡田布施村(現金峰町)出身で、 鹿児島県知事や参議院議員等をつとめた方だそう。

牟礼ヶ城 2012.5.2記

道の駅 きんぽう木花館にトイレ休憩に寄ったら、木花咲耶姫の後ろに、牟礼ヶ城の案内が…。 史跡マップを見ると、ここから見える低い山が牟礼ヶ城っぽい(^^) 気にはなるけど、夕方17時40分を回っていたし、やみくもに行くのも不安だったので遠景だけ。

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