トロとまったり・tripのページ(宇土陣屋)

熊本県 宇土陣屋

くまもとけん うとじんや

※注意※写真は温知館跡。
宇土陣屋は、この背後の宇土市教育委員会(^^;)
■宇土細川藩陣屋=見学自由
■温知館跡
駐車場=無し(この時は路駐)

2010/4/30現在

住所=宇土市新小路町
この時は、九州自動車道 松橋I.Cを天草・松橋方向へ左へ。 次に、少し先の国道3号の松橋バイパスへ。 直進の県道57号が渋滞していたので、今回は県道14号へ左折。 少しして宇土市境目町信号を右折。市街地を通って、 県道297号との宇土市本町4丁目信号手前の右側の路地へ。 左側が温知館跡、右側の宇土市教育委員会付近が陣屋跡。

宇土陣屋

江戸時代に宇土を治めた宇土細川氏の屋敷跡。 現在の宇土市教育委員会付近(新小路町)にあった。

温知館跡

温知館は宝暦13年(1763)、宇土細川家6代当主の細川興文(おきのり)によって建てられた藩校である。 藩校とは、藩士(藩の武士)の子弟を教育する学校で、今の小学校ぐらいの子供が通っていた。 温知館の名前の由来は、興文が儒学を大切にしていたので、「論語」の中の「温故知新」からこの学校の名をつけた。 当時の生徒の数は120人ぐらいで、先生やその他の世話をする人が14人いた。 先生には肥後本藩から儒学者の江口恵次郎や川添弥五郎らを招き、学問は「四書五経」など儒学の本を使った。 宝暦4年(1754)に開校した肥後本藩の藩校時習館と共に、文教を興して多くの優秀な人材を輩出した。 明治5年(1872)、全国に学制がしかれてから、温知館は宇土小学校になった後、明治18年に現在の市民会館付近に移転した。(宇土市教育委員会の案内板より)

宇土陣屋 2010.4.30記

ここの前に宇土古城を見学したら、そこで教育委員会の方の目にとまっていたらしく、こちらで声をかけて頂き、 パンフをたくさん頂いた。ご親切にありがとうございました! そんな中、助手席の自分はというと、コンタクトを落として大騒ぎ(^^;) お先真っ暗な気分で探していたら、無事発見!見つかって本当によかった…。

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