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【大王埼灯台】  【波切九鬼城址】

三重県 大王埼灯台  みえけん  だいおうさきとうだい
■大王埼灯台=大人150円
入館時間=9時〜16時半(4〜6月/9月〜10月)
      =8時半〜17時(7〜8月)
      =9時〜16時(11〜3月)
※荒天時、業務の都合により休止の場合あり
駐車場=有料駐車場(500円)
※漁港近くの右側。この日は夕方で悪天候だった為か、 営業している雰囲気はなかった・・・。
                  (2004.7.31現在)
住所=志摩市大王町波切54(H16.10月〜)
この時は、伊勢二見鳥羽ライン堅神I.Cから国道42号・167号・260号を 経て県道515号へ。

大王埼灯台
昔から海の難所で「大王の沖で難破しても船主は船頭にその罪を問わない」 という言い伝えがあったそうだ。 大正2年サンマ漁船が遭難。大正6年、日本海軍が 誇る3000屯の巡洋艦「音羽」が沖の大王岩に激突、座礁。 昭和2年、震災復旧後の新設灯台の第1号として10月5日に点灯を開始。 円形白塗りで下部には扇形の二階建て付属舎をもつ 他に例を見ないものだった。その後、太平洋戦争中、米軍艦載機の機銃掃射を受け、 灯籠、レンズ、灯器に大きな被害を受けたが、灯塔には僅かに弾痕を 留める程度で破壊は免れた。昭和53年に大改修を行い現在の姿になる。 業務面でも昭和29年に大王埼無線方位信号所が新設、翌30年には船舶気象通報業務、 昭和41年に大王埼大王岩照射燈が併置、300万カンデラの光度で 大王崎の北東にある大王岩を照らしている。
【施設の概要(周知板より)】
 位置       北緯 34度16分34秒
           東経 136度53分58秒
 塗色及び構造  白色 円形コンクリート造
 等級及び灯質  四等 単閃白赤互光 毎30秒に白1閃光赤1閃光
 光度       68,000カンデラ
 光達距離    18.5海里(約34km)
 高さ        地上〜頂部 22.5m/水面〜灯火 45.53m
車を置いて向かうと、海沿いの階段を 歩くようになる。思わず手すりを触って しまい、手を汚した(^^;)台風時の 手すりは汚かった(^^;)しかも、周りの ウゾゾゾと海の虫達がうごめく姿には、 ヒィ〜!ものだった(@@)灯台は、 古い商店街を抜けると、ど〜んと見る 事が出来る。続く商店街を抜けた 公園から、遠景を写す事ができた♪


■大王埼灯台
台風が来ている最中の夕方、だ〜れもいない 薄暗い商店街の間を抜けていく時は、ぞぞ〜っと する雰囲気(^^;)微妙に怖いものを感じたり して(^^;) それにしても台風なのに、全然雨が降らなかったから、 ラッキーだった♪

(1番上の写真)「毎30秒に白1閃光赤1閃光」の赤! 写せたから、嬉しい♪
(左の写真)絵かきの町・大王。

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波切九鬼城址
波切九鬼氏初代 隆良が室町時代にこの城山地区に波切城を築城。 波切は志摩地域の海路の要衝に位置し、鎌倉時代初期より沿岸の拠点として 重視されていた。その事から波切城は外敵の侵入に備え、太平洋を見下ろす 岬の突端に築城されるなど、水軍の将らしい城であったといわれている。 築城後は、この城を拠点としてさらにその勢力を広げて行き、 嘉隆の時代になると、織田信長方に帰属し、志摩一円を統一した。 信長死去の後は豊臣秀吉に属し、鳥羽に城を構え、九鬼水軍としてその名を 天下に轟かせた。(案内板より)

大王埼灯台から商店街を抜けて歩くと、公園がある。そこに城址がある。
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