長野県 真田氏記念公園 |
■真田氏記念公園=見学自由 駐車場=駐車スペースあり (2009.9.19現在) |
住所=上田市真田町本原 (近いのは、上信越自動車道 上田菅平I.C〜) この時は、国道144号を北上して、下原信号の次の信号 付近に、真田氏記念公園があるので、右折。 その付近に駐車スペースあり。 |
真田氏三代の略記 | ||
---|---|---|
■真田幸隆公…
真田氏中興の大祖。天文年間武田信玄の信州先方衆として
活躍。堅固な砥石城を攻略して、上田進出の基を作り、
川中島の決戦場でも武名をあげた。
さらに岩櫃(いわびつ)城をはじめとする要害城を
次々と攻略。もって北上州制覇の地歩を築くなど、
戦国期真田氏台頭の基盤を固めた。 ■真田信綱公・昌輝公… 信綱、昌輝兄弟は、台頭期における真田氏を支えた武将で、 殊に信綱は父を助けて上州の攻略、小県郡内統一に力を尽くした。 天正3年、長篠の合戦に出陣、武田方の最右翼として 設楽原に出撃したが、優勢な鉄砲隊に阻まれ、激闘の末兄弟ともども 戦死をとげた。 ■真田昌幸公… 両兄亡き後の真田氏を継ぎ、沼田城を攻略して北上州の支配権を 確立した。さらに武田氏滅亡後、尼ヶ淵に上田城を築き、 天正13年の上田合戦で徳川軍の猛攻を撃退した。 また関ケ原の合戦でも上田の孤城で徳川秀忠の大軍を阻止して、 真田の武名を天下に轟かしたが、武運つたなく九度山で 波乱に富んだ生涯を閉じた。 ■真田幸村公… 天下分け目の関ケ原合戦における上田城攻防戦に、 父昌幸を助けて孤塁を死守した。 慶長19年冬の陣の到来と共に大坂城へ招かれ、 真田丸を構築して豊臣方の危急を救った。 続いて起こった夏の陣では、徳川家康の本陣を おびやかすほどの奮戦をしたので、「真田日本一の兵(つわもの)」 と賞賛された。(碑より) |
||
真田昌幸公 | 真田幸隆公 | 真田幸村公 |
駐車スペース | 幟 | 砥石城 |
ちょっとした駐車スペース。 | 凄く格好いい真田幸村の幟!! | 左から砥石城、本城、桝形城。 |
■真田氏記念公園
|
【 長野のもくじ 】 | ■ 上へ ■ |