【石戸城】

埼玉県 石戸城 さいたまけん いしどじょう
■石戸城=見学自由
■北本市自然観察公園の西側
駐車場=無料駐車場     (2011.9.23現在)
住所=北本市石戸宿6丁目
この時は、アクセスが微妙なので書けず(^^;)
北本市自然観察公園の西側の城ヶ谷堤・桜堤下の 駐車場が便利。

石戸城


石戸城は、室町時代長禄年間(1457〜60)頃、 岩付、松山、河越の各城との連絡の為に築かれた ものと伝えられている。扇谷上杉氏の家臣藤田八右衛門の 居城に始まり、永禄6年(1563)松山攻めの時には、上杉謙信が 石戸まで進入してくるなど、幾たびかの変遷をみたという。 (北本市の案内板より)



(左)案内板の右側(西側)の城ヶ谷堤・桜堤の下の駐車場を 利用すると、一夜堤に近い。
城ヶ谷堤・桜堤 駐車場 荒川
(左)ここまで、なかなか辿り着けず(^^;) 写真右下に駐車場。 (真ん中)ここも曲輪らしい。 (右)すぐ横に荒川。
土塁
(左)城ヶ谷堤・桜堤から北東方面。曲輪? (真ん中)空堀?
(右)城跡の大半は私有地になっている。 「この先私有地です。」の看板も立っている。
一夜堤
上杉謙信の松山攻めに先立つ永禄5年(1562)北条氏邦は、 北条氏政の命により、秩父・鉢形勢を率いて上杉方の この石戸城を攻め、時の城主毛利丹後守との間に激しい攻防戦を 演じたことが「関八州古戦録」にみえている。 毛利氏の守りは固く、北条勢は多くの死傷者を出したが、 この時氏邦は、暗夜に乗じて城の東側の谷地に一夜にして 土橋を築き、一気に城へ攻め上って勝利したという伝承がある。 この土橋が、現在「一夜堤」と呼ばれている。 一夜堤は、石戸城跡と谷を隔てた東側の台地とを結ぶ、 長さ45m、幅5mほどの堤で、自然散策の遊歩道として 市民に親しまれている。 (北本市の案内板より)

■石戸城
駐車場まで辿り着くのに手間取った(^^;) ここは、大半が私有地なので、土塁横を通り、 一夜堤を見るくらい。ちなみに、見学時間は約20分。

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