千葉県 久留里城 |
■久留里城=見学自由 ■久留里城址資料館=入館無料(9時〜16時半) 休館日=月(祝日の場合翌日)・年末年始、他 駐車場=無料駐車場 (2003.11.23現在) |
住所=君津市久留里 この時は、国道410号を南下、 久留里商店街を抜け少し走ると、 カーブがあり、分かりにくく左側に小さい案内があるので従う。 (逆に、北上した場合の方が、右側に久留里城と 大きく書いてあり入りやすい。)路地を 入ると、どんどん狭くなり、すれ違うのが厳しい所もあるので 要注意!帰る際、国道へ出る為の鏡はあるけど、 運転手側からは見えにくい。十分注意! |
久留里城 | ||
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以後、関東は徳川氏の支配となり、久留里城には大須賀 忠政(ただまさ)が三万石、慶長7年(1602)には、 土屋忠直が二万石で入城する。江戸の土屋邸で生まれた 後の儒学者新井白石は、土屋家二代目の利直(としなお) に仕え、18〜21歳までの青年期をこの久留里で過ごしている。 三代目の頼直(よりなお)の時、お家騒動が起こり、 延宝7年(1679)、領地召し上げ、廃城となる。 約60年後の寛保2年(1742)、黒田直純(なおずみ)が三万石の 藩主となり、幕府から五千両を拝領し、3年の歳月をかけ 城を再興している。黒田氏の治世は、初代直純から約130年間続き、 九代直養(なおなか)の時、明治維新を迎え、明治5年 (1872)、城の建物は解体され、久留里城の幕は閉じられる。 (平成13年6月 君津市立久留里城址資料館の説明板) |
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久留里商店街 | 城山の高さ | 急坂 |
(左)上に天守が!(真ん中)駐車場からすぐの道に立つ。 これを見た人達が「急すぎない?」と。(右)セメントの急坂。 | ||
案内図横の階段 | 火薬庫跡 | |
駐車場から歩いていくと、セメントの坂が続く。 少しすると右側に城山探鳥路の案内図が立つ。 その横の階段を上がると、坂を上るより時間が かなり短縮される。山道なので大変だけど…。 ちなみに、セメントの坂は、かなりの急坂!! 下りも、何度つんのめりそうになったか…(^^;) (右)左の写真の階段から行くと火薬庫跡がある。 |
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新井白石の像 | 久留里城址資料館 | 波多野曲輪 |
二の丸跡に像と資料館が建ち、 裏側の道に色々な歌碑も建つ。 始め、この大きな像が誰だか分からなかったなぁ。 | ||
復元天守 | ||
天守台の横に立つ復元天守。 (下3枚)天守からの景色(^^) 凄く色付いてきれいだった♪ |
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天守台 | ||
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土塀跡 | ||
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