トロとまったり・tripのページ(大野城 その2)

浄光寺

【左】浄光寺には第1駐車場と第2駐車場がある。
【真ん中】写真は県道9号を北上して。見落としそうな所に駐車場がある。
【右】浄光寺を見学する為、第1駐車場を利用した。

【左】浄光寺入口。
【真ん中】浄光寺入口付近に立つ大野城跡の案内。
【右】入口付近のピンクの枝垂れ桜♪

【左】浄光寺入山門で、写真左側に毘沙門天の像が立つ。
【真ん中&右】浄光寺山門。幼稚園があるからか、山門の裏側にはチャーリーブラウンとスヌーピーの座るベンチがあった。

【左&真ん中】浄光寺の本堂と幼稚園。この日は日曜だったので問題無いけど、平日の参拝は注意。
【右】浄光寺の幼稚園裏側に咲く桜。きれいだった(^^)

浄光寺・毘沙門天

毘沙門天の石像と「市川七福神 毘沙門天 大野山 浄光寺」の碑。

仏法の護法神・四方鎮護のひとつで、別名を多聞天という。 須弥山の中腹にあって、東方を持国天、南方は増長天、西方は広目天、そして北方を守るのが多聞天、上は帝釈天に仕え、下は八部衆を支配して仏法帰依の衆生を守護すると言われている。 その中で多聞天(毘沙門天)は他の三天と異なり、日本では単独の神として信仰を集めてきた。 独尊の時は、毘沙門天と呼ばれるようである。右手に宝棒(武器)左手に宝塔を掲げている。 特に宝塔は毘沙門天のシンボル的存在である。武将姿のまま七福神の1つに加えられるようになり、商売繁盛から縁結びと福徳を授ける神として広く信仰されるようになった。 当寺は、昔から「たまんぼう」と呼び習わされていたが、これは「多聞天→多聞坊→たまんぼう」のことと思われる。 大野城の北方に位置し城郭の守護神になったようである。 大野城の消失と共に毘沙門天も無くなり、「たまんぼう」という名前をとどめるだになったと推察される。 その後、当寺は「乳無し二王」として有名になり、乳患いの女性の信仰を集め今日に至っている。 この度、「たまんぼう」の由来となった毘沙門天の石像を再建することになった。維時 平成14年10月吉日(大野山浄光寺第三十八世日敬の案内板より)

▲上へ戻る