【左】最初、全部二の丸かと思ったら、古絵図ではこの辺りは三の丸だった。
【真ん中&右】藤堂高虎公銅像と天守。
関ケ原の合戦の功績により、藤堂高虎公が伊予半国20万3千石の領主に任命され、 伊予国府に着任したのは慶長5年(1600)の暮れであった。 当時、今治地方の中心は現在の唐子山あたりで、その山頂に国分山城があったが、 高虎公はこの山城を捨て、今治の海岸、現在の今治に城を築く事にした。 今治城築城・開町400年という意義深い伏目である平成16年、 今治市民が今後とも今治城を郷土のシンボルとして親しみ、 子々孫々まで藤堂高虎公の偉業を語り伝える事ができるようにと、我が国彫刻界の第一人者で、 平成19年に文化勲章を受章された中村晋也先生に藤堂高虎公の銅像を製作していただいた。
見方が変わると、高虎公も馬も生き生き!夜の方が妙に、生気があるような(^^;)
【左】東多聞櫓と武具櫓。下には犬走り。
【真ん中】西多聞櫓と武具櫓。ここから中へ。
【右】山里櫓から武具櫓方面。
内部は、木の香りが心地いい♪武具櫓、多聞櫓と鉄御門は連棟で、ずっとこんな感じ…。ヒビが目立つなぁ。
【左】西側から、山里櫓と櫓門。
【真ん中】櫓門と山里櫓と付櫓。
【右】こちらもライトアップ。
【左】室内は、古美術館…だったと。
【真ん中】武者走りから山里櫓へ…。
【右】天守から。手前は社務所。
【左】城内から。左側の建物がにつかわしくないんだよねぇ(笑)
他の観光客もいたんだけど、なんで民家があるんだ!って言ってたくらいだし(^^;)
確か、社務所とかだった気が。
【真ん中&右】外側から。階段の踊り場から。これでギリギリ(^^;)
【2枚】階段の踊り場から。天守と石垣が格好いい〜!!
【2枚】階段の踊り場から天守を。ライトアップもいいけど、やっぱり日中はいいなぁ♪
【左】山里櫓横の櫓門から西へ。
【真ん中】山里櫓の石垣下の今治城跡碑。
【右】天守と桜の木。桜が咲いていたらきれいだろうなぁ。
【左】土橋を挟んで。正面が山里櫓。
【真ん中】外側から。奥に見えるのが城址碑。
【右】内側から。壁の色が凄い…。
【左&右】西側は、見る角度を少し変えるだけで、表情が全然違うので、見ていて飽きない♪
【左】凄く格好いい!1ページ目の1番上の写真も、ここから写したもの(^^)
【右】最初、通り過ぎたけれど、ライトアップがあまりにもきれいで、写さないのは勿体ないと引きかえして写した。素敵〜!