【湯沢城 その2】

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馬屋から見張台へ 見張台 見張台からの景色
(左)手前に馬屋があるけど、写さず。 (2枚) 城の西端に位置し、櫓を築いて周囲を監視した所。 (標柱より)
本丸
本丸の跡地は、東西約80m、南北 約30mで、城全体の中核をなす施設 があった所である。文禄4年(1595) 最上勢の侵攻によって湯沢城が 落城した時、城主小野寺孫七郎が、 一族や家臣と共に討ち死にした場所である。 (まちづくりボランティアプロジェクト400 (財)東北地方郵便局長協会の案内板より)
本丸には、帯屋久太郎歌碑が立つ。
五社壇
本丸の東南端に位置し、湯沢城で最も標高の高い所にあり、 広さは東西約10m、南北約20mである。 ここに、天照皇大神、八幡三柱神など五社が祀られ、 小野寺氏以来、代々の城主が、城地鎮護を祈願したと 伝えられる。 (まちづくりボランティアプロジェクト400 (財)東北地方郵便局長協会の案内板より) (左)本丸から。
五社壇と馬場の空堀跡 馬場 築堤?
城の南部に位置し、東西約30m、南北約160mの広さがあり、 戦に備えた馬術の稽古施設である。また、西南の隅に土手を 築いて、弓、鉄砲の稽古場である矢場、星場を備えていた事から、 総合的な軍事訓練の場所であった。 (まちづくりボランティアプロジェクト400 (財)東北地方郵便局長協会の案内板より)
(左)五社壇からも、下からもよく分からず(^^;) (右)両側の土塁が築堤?ここを出て進むと、南側の城址入口。
南側の城址入口&道中
(左)馬場を南へ抜けると、城址入口。 (真ん中)案内板によると、ここが駐車場らしい。スペースのような気が…(^^;)
(右)南側の城址入口から山を20分弱下ると、林道湯沢城址線終点に。でも、 ここから力水まで、25分位歩いた(^^;)
城址の西側
(左)湯沢まちなか歴史資源マップには、見所がたくさん書いてある! (右)袋小路付近から武家屋敷の名残りを♪
袋小路 御蔵小路 正門跡
荒町の通りから東にのびる小路。 この辺りは、袋町とも呼ばれ、江戸 時代は、道の両側に武家屋敷が並ん でいた。(標柱より) 写真右側の道が袋小路。 下町と荒町の境から上町へ通ずる 小路。江戸時代、この小路の東南に 位置する所に、南館御蔵と呼ばれた 佐竹南家で管理する米蔵があった。 (標柱より) この道を入っていくと、佐竹
南家墓所がある(^^)
細小路&城址入口(2010.9月現在=登城不可) 湯沢図書館
朝日小路と逆方向に内館町の通り から、東側の山に向かう坂道があり、 小路から続く山道は、城址へ繋がる。 (標柱より) (左)この時、この城址入口から、 登ることができなかった。確かに、 城址では、草が生い茂ってた(^^;)
(右)佐竹南家御日記やハレー彗星 の日本最古のスケッチと観望記録が、 保存されているそう!凄いな!
おまけ
(左)住所に、佐竹って名前が(^w^)♪ (真ん中)湯沢のお祭りのイラスト。 (右)秋田弁で、目をまなぐと言うらしい。

■湯沢城
最初、力水付近に到着し、公園用の駐車場を探すも、 見当たらず…(^^;)おまけに、南側の駐車場まで 辿り着けず。結局、力水付近の登城道に続く坂道に、 路駐することに。力水を汲みに来た人も、 とめていたし…。夕方4時前からの散策になったので、 暗くなる前にと、気は焦るけど、最初から急坂が続いて大変(@@)! それでなくても、旅行の最終日で、足がきついのに…。

佐竹南家の門から二の丸まで、約10分かかった(^^;) その後は、それほど大変ではなかったので、よかったけど(笑) 土塁上の曲輪を1つ1つ見て行くのは、達成感があるし、見張台からの 眺望も良かったし、大満足の見学ができた♪北側から南へ抜けたのだけど、 問題は帰り道。城跡を戻るか、車道を歩くか…。散策中、ガサガサと 物音を聞いていたので、用心して車道を選択。城下町の名残りを感じつつ、 約40分かけて力水へ戻った。 道中、細小路の城址入口前を通ったら、現在は通れないと張り紙が…。 確かに、城を散策中、細小路への分岐からの道を見たら、 草だらけで通れそうになかったなぁ(^^;) ちなみに、力水側から南側の城址口までの 見学時間は36分。 (写真=湯沢城を見学後、横手へ向かっている最中の空を♪凄い色!)

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