【兼六園】

石川県 兼六園 いしかわけん  けんろくえん 
■日本三名園の1つ…
(金沢「兼六園」、 岡山「後楽園」茨城「偕楽園」
入園時間=7時〜18時(3/1〜10/15)
      =8時〜17時(10/16〜2月末)
入園料金=300円
駐車場=兼六駐車場(有料)   (2008.7.27現在)
※この頁は、2004.5.1と、2008.7.27の写真を使用。
住所=金沢市兼六町1-4
この時は、北陸自動車道金沢西I.C〜国道8号〜県道25号を東へ走り、 野町小路交差点を左折、犀川大橋を超え、国道157号に入り、 香林坊交差点を右折、広坂交差点の10号を 走り、兼六園下交差点で右へ。 すぐ左側に兼六園駐車場。

兼六園の由来
茨城「偕楽園」岡山「後楽園」と並ぶ、 日本三名園の1つ。
1676年(延宝4)、加賀5代藩主・前田綱紀が造園に着手し、 以後8代薬170年にわたって 完成させた名園。12代藩主・斉広(なりなが)は、奥州白川藩主 ・白河楽翁に園名の命名を依頼。中国宋の時代の詩人・李格非の 書いた洛陽名園記の文中から採って、 宏大、幽邃、眺望、蒼古、水泉、 人力の六勝を兼ね備えているという意味で兼六園と命名した。

(左)1番上で使用した写真は、2004.5.1撮影で、春の晴れた日だったけど、 今回の2008.7.27撮影は、夏の曇りの日。少し紅葉が色付いていて、いい感じ(^^)
徽軫(ことじ)灯籠と虹橋 眺望台 唐崎松
徽軫灯籠の由来は、足が二股になっていて、 琴の糸を支える琴柱(ことじ)に似ているからと、 言われている。(案内板より) (2008.7.27撮影) ここからの眺めは、兼六園の六勝のうちの 1つ「眺望」を味わう事ができる。(案内板より)
曇り…。(2008.7.27撮影)
13代藩主・前田斉泰(なりやす…1822〜1866)が、 琵琶湖の松の名所唐崎から、種子を取り寄せ育てた。 (案内板より) 力強い!(2008.7.27撮影)
霞ヶ池
天保8年(1837)に掘りひろげられた池で、広さは5800u。 池の中の島は、蓬莱島といい、不老長寿をあらわしており、 また、亀の甲の形をしているので、別名、亀甲島とも呼ばれる。 (案内板より)
(左=2004.5.1撮影。真ん中&右=2008.7.27撮影。)
(左)5月はカラフルな亀。(真ん中)亀の尻尾は、灯籠で 表現されている。写真では見えないけど…。(右)内橋亭。
雁行橋(がんこうばし) 初代姫小松 七福神山
11枚の赤戸室石を使って、雁が列をなして飛んでいる 姿に作られているので、雁行橋。また、1枚1枚の石が、 亀甲の形をしているので、別名亀甲橋。(案内板より)
新しく写したけど、以前の方が、 光が当たって素敵。 (2004.5.1撮影)
推定樹齢500年を数えていた初代姫小松。 その枝ぶりのよさは園内一を誇っていたが、 度々の台風による被害と老衰により、主幹の 一部を残し、平成7年6月に伐採された。 左は二世。(案内板より)
500年とは凄い!(2008.7.27撮影)
文政5年(1822)に建てられた竹沢御殿から、 眺めた築山である。自然石を左から順に、 恵比寿、大黒天、寿老人、福禄寿、布袋、毘沙門天、 弁才天にみたてて配している。別名、福寿山とも。 (案内板より)
見えづらいなぁ〜。(2008.7.27撮影)
根上りの松 花見橋(辰巳用水) 山崎山
根上りの松は、 13代藩主・前田斉泰(なりやす…1822〜1866)が、稚松(わかまつ)を 高い盛土にお手植えし、徐々に土を除いて、根を現した物と 伝えられる。(案内板より)
(2004.5.1撮影)
寛永9年(1632)金沢城の堀の水や、 防火用水としてここから約11km先の 犀川上流から引かれた。工事の設計施工は、 小松の町人、板屋兵四郎。(案内板より)
下には辰巳用水。(2008.7.27撮影)
昔この付近一帯を山崎の荘と呼んでいた。 また、カエデなどが多いので、「紅葉山」ともいわれる。 (案内板より)

上には東屋くらいだけど、 足は休めることが出来る(笑) (2004.5.1撮影)
随身坂口(2008.7.27撮影) 時雨亭(2004.5.1撮影)
1676年(延宝4)加賀藩5代藩主前田綱紀は、兼六園の全身である 蓮池庭の作庭に取りかかった。その庭の中心的な建物として建てられた 蓮池御亭(おちん)は、その後6代藩主吉徳によって 建て替えているが、藩政後期には時雨亭とも呼ばれていた。 明治の始めに取り壊されるまでは、今の噴水の前にあったが、平成12年3月、 この地に再現。
真弓坂口 瓢池(ひさごいけ)の翠(みどり)滝&海石塔
昔この辺りを蓮池庭(れんちてい)といい、兼六園 発祥の地である。池は瓢箪形をしているので 後に瓢池と名付けられた。前方の翠滝は安永3年(1774) に作られた物。(案内板より)

(2枚=2008.7.27撮影。)
夕顔亭 伯牙断琴の手水鉢
園内で最も古い建物で、1774年(安永3)に建てられた茶室。 茶席の次の間の袖壁に、夕顔(瓢箪)の透彫りがあるので、 夕顔亭という。本席は3畳台目で相伴畳を構えた 大名茶室。藩政時代は「滝見の御亭」とも呼ばれていた。
(左=2008.7.27撮影、真ん中=2004.5.1撮影。)
表面には中国の琴の名手「伯牙」が、友人の 死を悲しんで琴の弦を断ったという 故事が浮き彫りにされている。 金工「後藤程乗」の作といわれる。(案内板より) (2008.7.27撮影)
竹根石手水鉢 三芳庵 蓮池門口
■竹根石手水鉢… この手水鉢は、竹の化石のように見えるため、 この名があるが、椰子類の茎と根の化石で、 学術上極めて珍しい。(案内板より) (左)椰子類の化石を利用しているなんて、 不思議(@_@)(3枚=2008.7.27撮影)
親不知 黄門橋 獅子巌
霞ヶ池の内橋亭付近。 1枚の石を2枚に見せる技法だそう。 なんか、チョコチョコ動きそう。
時雨亭跡 噴水
霞ヶ池を水源とし、高低差を利用した自然の水圧で 上がっている。高さは3.5mで、霞ヶ池の水位の変化によって変わる。 文久元年(1861)、城内二の丸の居間先に噴水が 上がっているが、兼六園の噴水はその試作と言われている。 日本最古の噴水。
(案内板より)
(2枚=2004.5.1撮影。)

■兼六園…2008.7.27記
2回目の兼六園。テレビで黄門橋は…なんてやってたけど、全く思い出せず、 それなら、もう1度、見てみようと思って再訪。普通の日曜の朝だからか、 人が少なかったけれど、曇りだったから、写真を写すには微妙だった…。 しかも、ムシムシして、じっとり暑いし。 そんな中、久々の兼六園は変わらず、徽軫灯籠と虹橋からのアングルは素敵だった♪ 気になっていた黄門橋、前回、反射しまくっていた瓢池の翠滝&海石塔、 他いろいろと見学したんだけど、改めて兼六園の良さを実感した(^^)

■兼六園>…2004.5.1記
最初、写真を撮りたいが為に、金沢城をぐるりとまわって、その後、兼六園を見に来た。 こちらの方が早く開いていたし(^^)→金沢城の城の中はまだ開いていないのだ(^^;) 茨城の偕楽園は、梅がきれいだったけど、兼六園は、桜が終わって緑の兼六園。 徽軫灯籠では、大人気で、次の人とかわる一瞬を見計らって撮れた(笑)

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