【江戸城 その2】

・・・江戸城は7ページにわたり紹介・・・  【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】  ■次へ→■ or ■ ←モドル

(〜おおまかに〜 1&2&3.東御苑、  4.皇居・皇居外苑・他、  5&6.北の丸公園・他、 7.見附)

天守台
最初の天守閣は、1607年、2代将軍秀忠の代に完成したが、 その後大修築され、1638年、3代将軍家光の代に、江戸幕府の権威を 象徴する国内で最も大きな天守閣が完成した。外観5層、内部6階で、 地上からの高さは58mあった。
しかし、僅か19年後の1657年、明暦の大火(振り袖火事)で、 飛び火により全焼し、以後は再建されなかった。 (菊葉文化協会の案内板より)

北桔橋門をくぐって天守台へ。それにしても、いつ見ても大きさに驚く(@@;)
(左下)天守台の側に人がいたんだけど、比べると凄い!(2004.7.11撮影)
(右下)桜の時期だったので、人がうじゃうじゃ!蟻のよう!(2008.3.29撮影)
(左)入口側から。色とりどり〜。 (真ん中)天守台上部分。 (右)ここで読書って、暑いでしょ(^^;) (2004.7.11撮影)
西桔橋 西桔橋から北桔橋門の間
望遠で西桔橋を(^^;) 乾濠。西桔橋から北桔橋門の間の石垣が幾重にも!美しい!
北桔橋門&堀
入口から見えるのは天守台♪ 内側から。(2004.7.11撮影) 北桔橋門に向かって左の平川濠。
北桔橋門に向かって右の乾濠。石垣の反りが素敵! この石垣には刻印がいっぱいで楽しい♪他も紹介したい(笑)
平川濠
(左)平川濠を挟んで北桔橋門を。 (真ん中)乾濠の石垣も良かったけど、こっちも素敵! (右)角度を変えて。
汐見坂門跡
本丸と二の丸の間の門。 (右)真ん中の写真の正面の石垣。 いろいろな形や大きさの石が積まれてて面白い!
汐見坂&二の丸
■汐見坂…その昔、今の新橋から皇居前広場の近くまで日比谷 入江が入り込み、この坂から海を眺めることができた。 (菊葉文化協会の案内板より)
(左)意外と急!(^^;)この時は、下りだったから良かった(笑) (真ん中)写真左側に、白鳥濠がある。 (右)二の丸。
白鳥濠(本丸石垣) 汐見坂の横(本丸石垣) 本丸石垣(梅林坂方面)
汐見坂から梅林坂間の石垣は、 平成14年7月〜平成17年3月に、 修復工事が行われた。石垣がきれいに(^^;)
修復は石垣を変形前の形状に復元する事を目標に されたらしい。石垣の裏側から大量の屋根瓦等が 出土したそう。
物見櫓跡(本丸)
梅林坂側の石垣角にあった二重屋根の物見櫓。 別名「汐見太鼓櫓」とも呼ばれている。 二重櫓部石垣(地上高さ約11m)内に、 瓦破片が約8m弱の厚さで充填されていた。 瓦片は殆どが焼けて赤く変色したり、熱で溶けていた。 (梅林坂・汐見坂間石垣の説明板より)  (左)梅林坂・汐見坂間石垣の説明板からすると、 ここかな? (真ん中)角度を変えて。 (右)確かこの付近で見た刻印。
梅林坂
梅林坂は、本丸と二の丸を結ぶ坂。 文明10年(1478)太田道灌が天神社を祀り、 数百株の梅を植えたので、梅林坂の名が 付いたといわれている。現在は、約50本の紅白の 梅が植えられており、12月末から2月まで花が楽しめる。 (菊葉文化協会の案内板より)
上梅林門跡
(左)両側の石垣の袂に礎石が残っていた♪ 左の写真の左側=真ん中、右側=右の写真。
下梅林門跡
(左)平川門方面。(真ん中)振り返って。 (右)こっちの礎石は、なんだか雑に扱われている感じ(^^;)
天神濠
(左)石垣と石垣がぶつかった所が、
 下梅林門跡。わかりづらいなぁ…。
下梅林門跡の梅林坂方面の写真
の左側の石垣が見えている(^^)
下梅林門跡〜右に伸びた石垣が、
梅林坂から平川門の間の石垣と、
繋がるような感じ。パノラマっぽく
撮っておけばよかったなぁ(^^;)

・・・江戸城は7ページにわたり紹介・・・  【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】  ■次へ→■ or ■ ←モドル

(〜おおまかに〜 1&2&3.東御苑、  4.皇居・皇居外苑・他、  5&6.北の丸公園・他、 7.見附)

【 東京のもくじ 】 上へ
下にメニューフレームが出ていない場合の、top へは→ top に戻る