トロとまったり・tripのページ(唐津城 その1)

 

佐賀県 唐津城

さがけん からつじょう

■唐津城(別名=舞鶴城)=見学自由
■舞鶴公園
エレベーター使用料=片道100円
天守閣観覧料=400円
開館時間=9時〜17時(入館は16時半まで)
休館日=12月29日〜31日
駐車場=有料駐車場
(写真)2004/8/13撮影のもの。

2013/6/20現在

住所=唐津市東城内・他
この時は、虹の松原側から唐津城南側に架かる舞鶴橋を渡って西へ進み、 すぐ左側の東城内駐車場を利用した。(定期船や海上タクシー乗り場も近い)

唐津城

唐津城は慶長7年から13年(1608)に完成した平山城。(※それ以前の豊臣期に築城された説もあり。) 城を築いた寺沢志摩守広高は豊臣秀吉の側近で、築城には九州大名の加勢を受け、 名護屋城(佐賀県東松浦郡鎮西町名護屋)の解体資材を用いたといわれている。 城は本丸・二ノ丸・三ノ丸・外曲輪に分かれ、本丸は当時満島と陸続きであった満島山を人工川により切り離したものであり、 城の全域は約45haあった。本丸には天守台、二ノ丸には藩主の住居と藩庁があり、 三ノ丸には殆どの藩士が住み、外曲輪には町人が居住し、町奉行所が置かれていた。 寺沢氏以後は代々譜代の大久保・松平・土井・水野・小笠原の諸氏が入城した。 寺沢氏の12万3千石で始まり、廃藩前は6万石だった。明治10年から本丸跡は現在の舞鶴公園となり、藩主の住居は高校敷地となった。
周囲約1km、面積4.3ha、海抜43mにそびえる現在の唐津城天守閣は天守台跡に慶長様式で、文化観光施設として昭和41年に完成したもの。 天守閣は5層5階、地下1階で博物館、展望所等があり、松浦潟の全景が一望に納められる。(案内板より・絵図も)

※3枚をクリック→拡大
【左】遺構の説明板より。 【真ん中】唐津のれん会の案内板。 【右】唐津市の案内板。

舞鶴橋

【左】舞鶴橋を横から。
【真ん中&右】舞鶴橋手前からで、右側に天守が見えた♪ ちなみに、舞鶴橋を西に渡って左側に東城内駐車場がある。

【左】橋のたもとの石灯籠。
【真ん中】舞鶴橋架橋記念碑。
【右】唐津歴代城主年表の碑。

東城内駐車場(南側の曲輪)

【左】コインパーキングの出入口の門が、雰囲気がある。
【真ん中&右】気持ちがいいほどよく見えた♪

【左】天守から見下ろして。御米蔵が立つ曲輪だった。
【真ん中】南側の塀。
【右】城内橋。市道・東城内千代田町線。

【左】模擬櫓が立つ。中は休憩所。
【真ん中】ちゃんと石垣が横矢に…(^w^)
【右】天守から見下ろして。

船入門

唐津城の船入門は、藩主の参勤交代の際の出入り、御蔵への納入物品の出入にも東側の水入門とともに利用された。 船入門の形状は、歴代の藩主の交替によって改修、改築がなされて明治維新を迎え、その後現代に至っている。 現在は、当時の船入部分は埋め立てられており、一部川沿いに西側角台の石垣が見られるが、 東側や奥の石垣面は埋め立てや道路となり、確認できない。 船入門は唐津湾の湾口に築城された唐津城の遺構名称を残す数少ない場所の1つであり、 この地の名称を残し船入門公園として整備した。(案内板より・絵図も)

地下道

【左】地下道内の唐津曳山の絵。
【真ん中&右】地下道入口にいた猫達で、子猫(=右)を見つめていた。

▲上へ戻る