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(おおまかに:1.東曲輪付近、 2.二の丸・持仏堂曲輪、 3.本丸付近、 4.風呂谷曲輪・他)
愛知県 岡崎城 |
■岡崎城=200円(※2館共通券あり) ■三河武士のやかた家康館=350円 開館時間=9時〜17時(入館は16時半まで) ■岡崎公園 駐車場=岡崎公園駐車場(30分100円) ※営業時間=8時半〜21時半 (2011.7.29現在) ※ここでは、2004.9.17の写真も使用。(表記あり) |
住所=岡崎市康生町 この時は、岡崎市役所側から国道1号を西へ進み、県道39号との 康生通南信号を過ぎて、小さな駐車場の案内があり、 2本目の路地を左折、右側に駐車場。 |
岡崎城 | ||
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城域も現在の本丸程度で西郷氏が築いた当初の岡崎城は、砦の様なもので、 あったであろうと考えられるが、家康の頃までには近世の城郭としての原形が出来上がった。 田中吉政は、大規模な城郭の整備拡張を行い、文禄元年(1592)に、城の東・北・西に 総延長4.7kmに及ぶ総堀を巡らした。また、元和3年(1617)本多康紀の時には、3層3階 地下1階で、東に井戸櫓、南に付櫓を持つ複合天守閣に再建した。 城郭の整備に伴い東海道が城下に引き入れられ、慶長14年(1609)には伝馬町 ができて、岡崎は東海道有数の宿場町として繁栄するに至った。 明治維新を迎えると情勢は変わり、新しい時代には不要とされた城郭の大部分は 明治6〜7年(1873〜74)にかけて取り壊された。 この後は、堀と石垣が残るのみだったが、 昭和34年(1959)に3層5階の鉄筋コンクリート構造が復元された。 |
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駐車場 | ||
(左)久しぶりに来たら、駐車場が凄くきれいだし、 東隅櫓(正面)が建っていた(^^) (右)青い丸が一般車駐車場。 | ||
東曲輪の下(南東側) | ||
(左)駐車場側から東隅櫓を♪右下が、切り通し方面。 (右)パノラマっぽく加工。東隅櫓側から見下ろして。 | ||
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東曲輪下(東側)の門跡〜切り通し | ||
(左)門跡から見上げると、東隅櫓♪ (真ん中)桝形。左折れになる。石垣が格好いい(^^) (右)振り返って。 | ||
(左)桝形から左折れに向かうと、緩やかに右へ。 (真ん中)左の写真のその先。 (右)振り返って。 | ||
東曲輪 | ||
(左)東曲輪。写真奥(真ん中)に 見えるのが、東隅櫓。ちなみに、 こちらは、バス駐車場で、背後に 大手門が立っている。 (右)「ようこそ 家康公と 三河武士のふるさと 岡崎へ」 字の下には、カラフルな家紋が♪ |
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岡崎城下東海道二十七通り | ||
(左)2004.9.17撮影。両側に「従是西岡崎領」「従是東岡崎領」。 (真ん中)反対側。 (右)岡崎城郭と東海道。 | ||
東曲輪・東隅櫓 | ||
東隅櫓の東側には、菅生曲輪(南側の一段低い区画)から二の丸・三の丸に
通じる切り通しがあり、ここを通過する敵に横方向から攻撃するのに絶好の
場所に建てられている。構造は、屋根・階数とも二層の二重櫓で、江戸
時代の標準的な造りである。(案内板より)
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大手門 | ||
本来の大手門は、現在の浄瑠璃寺 の南(北東約200m)にあった。江戸 時代の記録によれば、「桁行十間、 梁行二間四尺」。(案内より) ※ふふふ。二の丸の所にある…。 (右上)国道側には、「せせらぎ」と いう水堀があった。 (下2枚)2004.9.17に撮影。 今回と比べると、横の建物が違う! |
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(おおまかに:1.東曲輪付近、 2.二の丸・持仏堂曲輪、 3.本丸付近、 4.風呂谷曲輪・他)
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