馬場下曲輪 | ||
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馬場下通路の南下に立地する馬場下曲輪は、発掘調査の結果、岩盤をくり抜いた 建物の柱穴が見つかった。また、竪堀の沿って石垣で出来た土塁が 延びている事が分かった。 現在整備した土塁は、石垣が崩れた状態を表現している。 この曲輪からは、地鎮などのまじないに使われたと思われる 輪宝墨書土器(素焼きの坏に「輪宝」が墨で描かれている)や、 鍛冶工房で使ったと考えられるフイゴの羽口などが見つかった。 ↓馬場下曲輪の手前は発掘中。 | ||
馬場下曲輪 説明板より(@&A、馬場下曲輪西の土塁石垣側面図) | ||
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馬場通路・石塁 説明板より | ||
物見台から東の北側斜面際では、物見台基壇と一体となって
造られた幅約1.2mの石塁が約72mの長さで発見された。
この石塁は、北の長手口からの攻撃に備える防御上の
効果があったと考えられる。
物見台から東の南側斜面際では、石敷きされた通路が発見された。 この通路は、物見台と東側に位置する馬場曲輪を結ぶと共に、 途中で南下にある馬場下通路へと分岐している。 @石塁調査時(東より) A石塁調査時(南東より) 石塁から出土した大筒弾丸 |
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大手口馬場跡(物見台方面&馬場曲輪方面) | 石塁 | |
建物址 | 岩盤と物見台 | 物見台の下側 |
物見台 | |
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@物見台基壇調査時(北東より) A物見台基壇東側柱穴調査時(東より) 物見台基壇出土遺物 |
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物見台からの景色 | |
月ノ池 | |
発掘調査時の月ノ池/下段石垣 @漆器椀A灰釉陶器・天目茶碗B箸 戦国期(旧)月ノ池石垣 |
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大手虎口 | |
虎口は、城や城内の各曲輪への出入口部を指し、「小口」とも
書かれる。敵の侵攻から城を守る重要な場所であり、
門・柵・塀・土塁・石垣等で厳重に守られている。
また一方、虎口の「構え」は、「格の高さ」を示す空間ともなっている。
金山城跡にも数多くの虎口があるが、なかでもこの大手虎口は、
一大防御拠点として、まあた「城の格」を示す象徴的な場所として、
最も重要な虎口と言える。大手虎口は谷地形を利用して築かれ、
月ノ池脇から正面土塁までの大規模な「構え」となっていた。
月ノ池脇の門から続く緩やかに曲げた大手通路、
それを守る為見下ろすように両側に配した壇状の曲輪とそこを
守り場とした兵達の各種建物、大手通路の行く手をふさぐように
築かれた正面土塁、横矢を射る為に築かれた壇状の土塁等が
あった。
このような大規模で複雑な虎口の構造は、全国的にも特徴的であり、
「難攻不落」を誇った金山城を象徴する場所の1つといえるであろう。
また、通路脇や曲輪内を走る石組み水路は、城の維持の為に
効果的に排水を行う往時の工夫であったと考えられる。
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石階段(調査で発見された階段を当時のままに残した) | 曲輪 | |
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大手虎口北下段曲輪 | |
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大手虎口は、水が集まりやすい谷に立地し、 僅かな降雨でもすぐに水が集まり、 それが圧力となって、石垣などの城の施設を 崩してしまう危険性があったと考えられる。 大手虎口の曲輪や斜面で見つかった石組み排水路や溝は、 こうした水害の元となる水を城の外部へ流す為の 施設だった。 また、大手虎口北下段曲輪には、石組み排水路や 溝だけでなく、曲輪面に段差及び中央通路方向への傾斜が見られ、 曲輪面がぬからない工夫がなされている。 このように大手虎口では、谷地形を利用した効率的な 排水施設を見る事が出来る。 | |
A曲輪内の石組み排水路によって、中央通路両側の石組み排水路へ流す。 B中央通路両側の石組み排水路によって、大手虎口の外へ排出する。 |
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