佐久間家は代々郡方勘定奉行等を歴任。知行百石、外役料三拾石。 2代藩主松平忠雄公時代(1700年頃)に、佐久間太郎左衛門が島原藩家臣に召抱えられ、 知行百石と当屋敷を下賜された。佐久間家は代々太郎左衛門の名を世襲した。 文化2年(1805)、天領天草(島原藩預り地)で、住民約5千人がキリシタン信仰の疑いで取り調べられた。 当時の佐久間太郎左衛門は、郡方勘定奉行として江戸へ上り、御公儀(幕府)と折衝して、その穏便な解決を図った。 往時の屋敷は約参百坪あり、絵の様な屋敷門を持つ見事な武家屋敷であった。(案内板より)
武家屋敷の所から離れていて、島原城の東側付近にある。
【左】「観光ガイド 大手門番」の横が大手門跡。
【真ん中】草が覆い過ぎ…。
【右】すぐ横の裁判所から天守を。
【左】平成新山の火が、左側の石の上で灯る。
【真ん中】大手門を模す。
【右】本光寺の常盤御殿で、今は、資料館。
島原城 2010.5.2記
熊本から島原へフェリーで向かい、8時15分に本丸の駐車場へ到着。
天守周りが駐車場で、早い時間でないと天守を写すのに車が邪魔になるので、早い時間の到着は嬉しい限り(^^)
入館時間まで、随分あるから…と城内を見学。しかし、観光客が続々と来るからか入館時間前なのに開館♪
おかげで、人が少ない時に見学ができてラッキーだった♪ちなみに、天守内はキリシタン史料館。さて、本丸内を見学した後は二の丸へ。
この二の丸と本丸の堀の凄い事!こんなにも堀の幅が広く、高い石垣を造ったなぁ…と感心しきり(^w^)
ここだけじゃなく、そんな石垣や堀が、ぐるりと巡っていて、嬉しい限り♪
(ただ、HP作成中気付いたんだけど、石垣の折れが素敵な南東部を見ていなかった(TへT)残念…。だから、天守と巽の櫓、丑寅の櫓のセットが無いのね…。)
その後、武家屋敷跡へ。萱葺き屋根の武家屋敷、水路も残っていて、素敵だった〜♪
噴火災害を思うと、怖いけど…。とにかく、大満足の見学ができた(≧▽≦)
ちなみに、今回の見学時間は2時間弱。(佐久間邸、駅、大手門跡などは車で移動。)
(写真)切子灯籠のデザインの街灯。
(フェリー道中の写真は別ページで紹介)→
熊本新港、
島原外港