トロとまったり・tripのページ(名護屋城 No.15-2・二の丸-2)

船手口 ・ 道中

(※水手口から遊歩道でも行く事は出来るけれど、自分用の覚書として車道の写真を。)
【左】(切り取り加工)写真左側が水手口で、車道を西へ進んで船手口方面へ。(2017/8/16撮影)
【右】水手口側から進んだ先の分岐を左折して船手口へ。(ここからは徒歩で。)(2017/8/16撮影)

二の丸 ・ 船手門跡

【パノラマっぽく加工】船手口側から船手門跡。 案内板によると、この門跡で金箔瓦が出土したそう! 外側からだと合坂に続く船手門の石垣が格好いい♪(2013/6/19撮影)

【パノラマっぽく加工】二の丸側から船手門跡、遊撃丸の南西付近の石垣(写真中央から右側)。(2013/6/19撮影)

【左】二の丸側から船手門跡。(2013/6/19撮影)
【右】二の丸側から出ると、遊撃丸の下(写真右側)になぜかお墓が!あるとは思わなかったから、本当にビックリした!写真左端方面にもあったし…(^^;)(2013/6/19撮影)

【左】左上の写真の左側。(2013/6/19撮影)
【右】左上の写真の右側、遊撃丸の石垣。(2013/6/19撮影)

二の丸合坂(あいさか)

【左】二の丸合坂の案内板より。(2013/6/19撮影)

■二の丸合坂(あいさか)…崩壊の危険性が高かった二の丸西側で調査を行い、解体修理の基礎資料とした。 発掘調査の結果、延長110mの西側石垣において、「合坂(あいさか)」と呼ばれる相対する石段を3ヶ所で確認した。 これらの合坂は、遊撃丸と同様に城の西側の防御を重視した配置で、塀の移動を容易にしていた事が窺える。 また、崩壊した石段の様子から、合坂は人為的にかつ徹底的に破却されている事がわかる。 平成11年度の発掘調査により、合坂の最下段で、軒丸瓦や丸瓦を重ね合わせた瓦積みが整然と6列並んだ状況で確認された。 これら瓦群の上には、石材や裏栗石が堆積していたことから、瓦を置いた後に、石垣や石段を破却したものと推定されている。 (案内板より・絵図、発掘調査写真も)

【切り取り加工】船手門側から合坂を。(2013/6/19撮影)

【切り取り加工】写真左〜中央からやや右が合坂C、その右が合坂B、その奥の船手門跡付近が合坂A。 修理した後でも素敵!(2013/6/19撮影)

【切り取り加工】合坂Dから船手門跡方面。(2013/6/19撮影)

【左】合坂D。(2013/6/19撮影)
【右】(切り取り加工)本丸から合坂D方面。(2013/6/19撮影)

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