トロとまったり・tripのページ(浜田城 その2)

二ノ丸

【左】駐車場。
【真ん中】NHK浜田ラジオ中継放送所がある。
【右】独立歩兵第518大隊記念碑や像が置かれている。

【左&真ん中】二ノ丸には、2種類の浜田城跡の標柱が立つ。
【右】島村抱月先生の碑。囲い付きなのは、どうしてだろう…。

濱田護国神社(二ノ丸)

二ノ丸の西側には、濱田護国神社。つい、厄年のポスターに見入ってしまった(笑)

濱田護国神社の境内北側(二ノ丸)

【左】濱田護国神社の境内北側から本丸方面(写真奥)へ。写真左側に立つのは、浜田藩追懐の碑。
【真ん中】浜田藩追懐の碑。司馬遼太郎の文が綴られている。
【右】右側の「この山に城ありき」の碑。

移築門手前付近(二ノ丸)

【左】浜田藩追懐の碑がある付近から。奥が曲輪っぽい感じ。
【真ん中】説明板と浜田城跡碑。
【右】浜田城復元CGIの案内板。浜田護国神社正面左手の方向から見上げた復元図。格好いい!

浜田城跡碑の横の説明板の浜田城図。(島根県教育委員会、浜田市教育委員会の案内板より)

【3枚】説明板横の石垣。
【真ん中】移築門側から見ると台形。
【右】真ん中の写真の右側には、石の列が見られた。

移築門(浜田県庁の門、津和野藩庁門)&石垣

立派な石垣と移築門から緑色で幅の広い道が続くのが、凄く素敵だった(^^)

移築門(浜田県庁の門、津和野藩庁門)

この門は、元々津和野城の門だが、明治3年の浜田県設置に伴い、その県庁舎として明治4年に門を含む建物(大広間)が現在の浜田郵便局の地に移され、明治5年に上棟式が行われている。 従って、浜田城ゆかりの門ではなく、また置かれている場所も本来は門の無い位置にある。 しかし、この門は明治9年に浜田県が島根県に合併されて以降も、那賀郡役所、那賀地方事務所等の正門として充用され、昭和41年に浜田合同庁舎が移転するまでの、明治・大正・昭和の地方政治を見つめ続けてきた。 また、津和野城の門としても貴重である事から、昭和42年に島根県から浜田市に譲渡され、この地に移築された。(浜田市教育委員会の案内板より)

本来無い場所とは言え、なんだかしっくりくる(^^)それに、津和野城の門が見られるのも嬉しい♪

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